第88回アカデミー賞は、時代映画、ファンタジー映画、現代映画などの優秀な候補作が競合する厳しい賞レースになるだろう。
特に、第88回アカデミー賞美術賞のレースは、またしても凝った時代作品、ファンタジー全開の作品、また、数本の目立った現代的な作品で占められている。今回の候補作は、1820年代のアメリカの荒野から火星、さらには、はるか彼方の銀河まで観客を連れて行ってくれる。その結果、アカデミー賞美術賞は、広範囲の分野をせまく絞りこまねばならなくなるようだ。
時代作品は、今シーズンでは特に注目を集めそうだ。『The Danish Girl(原題)』は、アカデミー賞の主要カデゴリー部門での主力候補になるかもしれないし、そうではないかもしれないが、同作の中で、トム・フーパー監督(『英国王のスピーチ』で第83回アカデミー賞監督賞を受賞したことで知られる)は、アンティーク調のある種の世界の映画に独特の生命力を与える美学のために、プロダクションデザイナーのイヴ・スチュワートと共に再びチームを組んだ。ゲルタ・ウェゲナーが描いた作業空間や、医療病棟など年代ものの撮影セットの装飾の細部にいたるまで、同作は全体的に確固とした美術映画である。
『The Danish Girl(原題)』の出来事より1世紀前に起こったのは、ヒュー・グラスの開拓の偉業を描いた『レヴェナント:蘇えりし者』という作品だ。偉大なジャック・フィスクは、ネイティヴ・アメリカンの装具や装飾と、自然のままの開拓地を再現した風景を任された。近年の『ニュー・ワールド』や『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のような映画でのフィスクの仕事をふまえると、素晴らしい選択だった。『レヴェナント:蘇えりし者』でのデザインは、アカデミー賞美術賞のカテゴリーでは他の作品ほど豪華ではないかもしれないが、同作での細部にわたる装飾は賞レースの中で独特なものとなるだろう。
今年度の映画の数本は、1950年代や1960年代の風景を背景として使っている。『Brooklyn(原題)』と『キャロル』は、特に、1950年代のニューヨークの2つの全く異なる体験をさせてくれる。フランソワ・セギュアンによりデザインされた『Brooklyn(原題)』は、目立つ色と生き生きした美学で移民の肉体労働者のストーリーを描いた(いくつかのシーンはアイルランドでも撮影された)。また、アカデミー賞にノミネートされたジュディー・ベッカー(映画『アメリカン・ハッスル』で知られる)による丁寧な作品である『キャロル』は、富裕層で金銭的に潤い、優美さを備えた資産家の世界を描いた。
その一方で、『ブリッジ・オブ・スパイ』は、観客をニューヨークから、冷戦の絶頂期であったこの時代の東ドイツまで連れて行く。スティーヴン・スピルバーグ監督は、アカデミー賞受賞者のアダム・ストックハウゼン(映画『グランド・ブダペスト・ホテル』で知られる)を同作のプロダクションデザイナーに任命した。神聖な殿堂であるアメリカ本土の法廷と、冷たく風化した東欧圏の装飾品の両方を、同じような冷静さで具体化している。
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そして、西部劇の作品だ。種田陽平によりデザインされたクエンティン・タランティーノ監督による『The Hateful Eight(原題)』は、多少すでに作られたセットの中で背景をぼかして役者を印象づける撮影方法で製作されており、つまり、大部分のシーンを一箇所の敷地で撮影している。同作は心に響くほど十分に変化に富んでいるだろうか?それとも、同作のようなもの(特に65ミリのフィルムで撮影された場合)に必要な細かさは、実際に作品を際立たせる要素になるのだろうか?少なくとも、他の作品から同作を際立たせる美術としては有効だろう。
ギレルモ・デル・トロ監督による『クリムゾン・ピーク』は、ファンタジー作品の話へ移行すると、議論のポイントとして適切だ。同作は、時代作品の特異性と、生まれつきの才能のジャンルの両方を扱っているからだ。アカデミー賞に2回ノミネートされたトーマス・E・サンダース(1992年の映画『ドラキュラ』や映画『プライベート・ライアン』で知られる)により率いられたこの特別なプロジェクトは、今年最も凝った映像の映画のうちのひとつとなった。もし同作がアカデミー賞に生き残るならば、それは美術部門だろう。
時代とファンタジーをミックスしているもうひとつの映画は、『シンデレラ』だ。プロダクションデザイナーのダンテ・フェレッティは、今年の顔ぶれの中で最もアカデミー賞に現れる名前だ。フェレッティは、これまでに3度のアカデミー賞受賞(2004年『アビエイター』、2007年『スウィーニー・トッド フリーと街の悪魔の理髪師』、2011年『ヒューゴの不思議な発明』)を含む、9部門でのノミネートを受けている。繰り返しになるが、同作のプロダクションデザインで浮き彫りになったクオリティーの細かさは、美術部門にとって、気をそそる衣装と連動してアカデミー賞で垂涎間違いなしだろう。
ファンタジー全開の作品ならば、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』だ。オリジナル3部作それぞれの作品は、過去のアカデミー賞美術賞にノミネートされた。コンピューターを使用しない特殊効果が、アカデミー賞の選考で間違いなく何らかの役割を果たしている。しかし、CGI技術が多用されている作品はノミネートされていない。一連の『スター・ウォーズ』シリーズの中でも最新作『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』は、コンピューターを使用しない特殊効果での伝統的スタイルを目標とし、少なくとも一部でも手作りの画面効果がある。とりわけ、2度のアカデミー賞受賞者であるリック・カーター(『アバター』や『リンカーン』で知られる)がベテランのダーレン・ギルフォードと共に作品の舵を取った中、少しでも手製の特撮を取り入れたことは、他作品と違うことをするにはちょうど良かっただろう。
最後に、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』に旗を立てよう。ジョージ・ミラー監督による同作は、複雑な撮影セットに相当するものを持っているのは確かであるが、プロダクションデザインは、ただ撮影セットについてだけではない。本当にここで取り上げたいものは車両のデザインであり、これらの目に見える存在の全てが同作を美しく明確にしている。
ここまで紹介した10作品以外にも、他の作品がアカデミー賞美術賞の候補になる可能性も大いにある。我々は、まだあまり注目されていない現代作品の話をしてもいない。しかし、もし投票者が手を広げたいならば、今年の3本の現代作品(前半で閉所恐怖症の設定がある『Room(原題)』、NASAの小道具やその他いろいろが描かれた『オデッセイ』、それぞれの演技が視覚的に話を伝える『スティーブ・ジョブズ』)は条件を満たしている。時代作品寄りの他の有望なアカデミー賞美術賞候補作は、『Mr. Holmes(原題)』と『マクベス』、ファンタジー要素も混じった『PAN 〜ネバーランド、夢のはじまり〜』も含まれる。
アカデミー賞美術賞は、どうやってこれらの大変な努力が詰まった作品すべてを納得できる形にするのだろうか? 我々はあと数ヶ月で知ることになる。